三題噺

正月は毎年、林家一門顔見世興行に行く。吉例だ。母親が亡くなったときも、亡くなって2週間ほどしか経ってないのに、これだけは行った。染丸師匠のお母様とわたいの母親の亡くなった時間が2、3時間しか違わなかったことに運命を感じて。師匠のお母様と仲良くさせてもらって、いっしょにワイワイ言いながら、雲の上に行ってほしかった。公演に行くことで願いが叶うような気がした。
この顔見世は毎年、落語の他に、趣向を凝らせた出し物が用意されている。一門総出で、映画を作ったり、大衆演劇、歌謡ショーなどなど。準備期間もいるし、大変なご苦労。一門が本当に仲良くなかったら、こんなんできない。
今年は・・・、その仲に亀裂が・・・ということでは全然なくて、ワッハホールから繁昌亭に会場が換わったことで、今まで一回公演だったのを土日二回に分けはった影響もあったか、落語オンリーの公演。これはこれで落語好きとしては好きな落語がたっぷり聴けるわけだから、何の申し分もない。わたいは日曜に行った。
四席続いて中入り、三席という番組構成。連日の昼席興行の十席を聴くのは、わたいはちょっと疲れるのだけど、七席だったら大丈夫。
取り前の出番の花丸さん、やってくれました、三題噺。普通の落語が七席続いたら客がしんどいだろうとの配慮のサービス。いちおう、しようかなぁとの心づもりはあったんだろうけど、出番直前まで、普通の根多をするか三題噺にするか決め兼ねてはったんだろうなぁ。そうでなかったら中入りのときに客からお題をもらうでしょ。中入り後、自分の出番まで考えることができるから。
そもそも三題噺というのは、お題をもらってすぐその場で作るというものではないのよね。お題をもらって、一晩考えて翌日、高座にかけるというのが本来。お題にも制限があって「人」「物」「場所」を一つずつとかの決めがある。お題一つを下げで使うとか。この下げで使うというのが、こないだの年賀状ではできてないというのも、もう一つすっきりしていない原因の一つではある。まっ、年賀状だから仕方なしと自分を甘やかしている。昔の大師匠が作った三題噺は、自分を甘やかしてはらへんので、今も古典として残っている根多がある。
その決め事を全部取っ払ったのが、ざこば師匠と鶴瓶師匠の「らくごのご」。対戦形式にして、スピードが勝負にした。これですっかり三題噺が世間に浸透した。わたいもこれにはまった。番組を見ながら、リアルタイムでいっしょになってよく噺を作っていた。
スピードが勝負といっても「らくごのご」と、この日の花丸さんでは訳が違う。「らくごのご」は、司会とゲストが喋っている間、わずかの時間ではあるが考えられる。この「わずか」が非常に大きいのだ。質を気にしなければ、数十秒で噺の大枠はできてしまう。もちろん、わたいはできないよー。花丸さんは高座に上がって、いきなり三題噺をすると言うて、すぐにお題を四つもろて(どさくさで一つ増えてもた)すぐに噺に入るのだ。袖で、客がわかりやすいようにお題を紙に書いてもらっている時間も、舞台は自分一人だから黙考するわけにいかず、関係のない面白いネタを喋り続けている。噺の考慮時間ゼロだ。どうするのだ?興味津々。これでできたら神業だ。お題は「朝青龍」「成人式」「ハニカミ王子」「雀三郎」。お題もはっきり言ってきついのだ。人物が三つて!?
お題が紙に書かれて舞台端に立てられたところで、関係ない話から間髪入れずに三題噺に入っていく。えーーー?である。ホンマにできるの???
聴いていてだんだんわかってきた。あっ、なるほどね。この作り方しかないでしょね。これやったら納得。なんでもいろいろ方法があるもんや。どんなんかは企業秘密だろうから具体的には書かへんけど。
とはいえ、これももちろん簡単なことではないねんよ。常日頃からいろんな方向にアンテナ張り巡らせて、それぞれのちょっと笑えるヘンな部分をいっぱい頭の中にストックしておかなくてはできないこと。勉強になる。
しかし、下げがとてもすっきり綺麗に決まっていた。これもストックにあったんだろうか。あの場で考えはったんなら、ホンマに神業だ。