む雀さんとハーモニカ

枝雀師匠は趣味が落語というようなお方だった。落語以外に打ち込めることがなかったんだけど、それでも何か趣味を持ちたいという気ぃだけはおありだった。それで何でもかじりかけるんだけど、すぐに飽きてしまわはるんだろうか、何でもかじりかけては放っぽり出すの繰り返しだったそうだ。

今日は、む雀さんの復帰舞台。4年前に倒れはって、手足と言語に後遺症が残った。まだ落語はできないということで、ハーモニカの演奏。元々、三味線や笛がお得意のむ雀さんだ。楽器演奏で復帰というのはむ雀さんらしい。

なぜ、ハーモニカかといえば、片手で操れる楽器がハーモニカしかないからという。言われてみたらそうやわね。詳しいことは知らないが、ハーモニカでもいろいろ種類があって、複音ハーモニカという種類だけが片手で吹けるんだと。

偶然、む雀さんはハーモニカを持っていた。それだけじゃない。持っていたハーモニカは複音ハーモニカだった。

このハーモニカは枝雀師匠からいただいたハーモニカだった。師匠があるとき、急に「ハーモニカ吹く」と言い出しはって、買ったハーモニカだ。そして、いつものごとくすぐに飽きて「む雀、これやる」と。

これは絶対、師匠が「ハーモニカ、どぉーぞおやりなしゃい」と、雲の上から背中を押してくれてはるんや。

と、九雀さんが言うてはった。今日がむ雀さんの舞台復帰だが、以前から寄席のお囃子の太鼓は打ってはった。その提案をしたのが九雀さん。噺家仲間の中で、寄席の空気を吸った方がいいからという理由。そして、この舞台復帰も九雀さんの勧め。お客さんの前に立つのが何よりの励みになるからと。

む雀さんは男前の兄弟子がいてうらやましい。

これはわたいだけの落語観で、おそらくだれからの共感も得られないと思うが、落語というのは、心が揺さぶられ、動かされる事物、そのすべてが落語なんだと思う。笑いも涙も含めて。だから、いい映画を観ても、いい音楽を聴いても「これは落語だ」と思ってしまう。ノイローゼだと思う。はい、わたいはビョーキです。

今日の「落語と音楽の会」、会の始まりから終わりまで、そのすべてがいい人情噺だった。

む雀さん、ハーモニカの練習を始めて、まだ日も浅いのかもしれません、ちょっとだけたどたどしい演奏でしたね。たどたどしさがいい味に変わるまで、何度でも舞台に立ってください。また聴かせてもらいます。