邂逅

先日、神戸の地下鉄の車中で、わたいの目の前に一人の車椅子の男性がいた。年はわたいより若い。こちらをしきりに見ている。

別にわたいを見ていなくても、身体障害者を見かけたら、なんか知り合いかなと一瞬思ってしまう癖(へき)は以前からある。養護学校出身だと学生時代の付き合いが限定されるので、そういうのはわたいだけではないのではないか。年を重ねるにつれ、人との出会いもちょっとは増えてきた今は、そういう癖も薄れてはいるが。

さすがに大阪や京都では、車椅子のもんを見ても「知り合いか?」とは思わないが、神戸だしね、しかも、わたいを見てるし。

でも、思い出せない。見覚えはあるようなんだけど、誰かは出てこない。で、しばらく様子を見る。

彼はわたいよりも重度のようだ。言語障害もわたいよりもあるようで、車椅子に付けた小さなテーブルに、あいうえお五十音を書いた厚紙が置いてあった。一音一音指をさして、自分の意志を相手に伝えるんだ。

何やら指をさしだした。「ん?」と思って覗き込もうとしたら、近くに座っていた、彼のヘルパーさんかボランティアさんもいっしょに覗き込む。

「○○さんですか?」付き添いの人が読んだ。「はい、そうです。で、どちらさんでしょうか」。

あかん、付き添いの人に物言うてるわ。これ、わたいがされたら嫌なことやんか。言語障害があるもんに付き添いが付いてたら、他の人は絶対、直接本人とは喋らない。付き添いに喋りかける。これでは人と触れ合った気がしない。だから、わたいはいつも一人で出歩く。そりゃま、ガイドヘルパーさんいた方が買いもんなんかは早く済むけどね。誰かに「棚のあれ取ってください」と頼まんで済むから。でもね、そんな合理性より、ちょっとした触れ合いでもある方がいい。どんなネタが落ちてるかわからんし。

「Fです」「あぁ、あっ、そうかそうか。ごめんごめん、わからんで」。もちろん、これは本人に言うた。

Fくんは養護学校の5年下。5年も離れてたらわからんでも当然のようやけど、養護学校は全体の生徒数も少ないしね。ほんで、5年下はわかるけど6年下はわからんということは、普通にあることなのだ。中学部と高等部がいっしょの生徒会だから、わたいが高3のときの中1は覚えがある。小6はほとんど知らんのだ。

Fくんを覚えとかなあかん理由も特にあって、学校時代、Fくん本人とは喋ったことはないと思うんだけど、Fくんの妹と関係があったのだ。関係といっても、もちろん警察沙汰になることではない。多少、ロリコンのケはあるにはあるが、わたいは潔白だ。し、信じてくれ。何をあわててるのか。

三十数年前の養護学校は、まだ母親が子供に付き添って学校に来ていた。介助員さんもいたので、週何日かは母親が来ないでいい曜日もあったが。Fくんもお母さんが付き添いで来ていたが、そのお母さんにちっちゃい女の子も付いてきていた。Fくんの妹だ。年、二つか三つ。Jちゃん。

このJちゃんがさぁ、何でか知らんけど、わたいについてくる。訳わからん。別に声掛けたりチョコレートやったりしてないねんで。接点がない。きっかけがわからない。ただひたすら、ついてくる。刷り込みちゃうけど、刷り込みのようについてくる。いっぺん、数学の授業中に、ドア、ガラガラガラと開けて入ってきた。自分の替えのオムツの入った袋振り回して。その粋な姿にはちょっと惚れたが。

そういえば、わたいは昔から子供に付きまとわれる素養があったのかもしれない。上の刷り込みJちゃんと同じ頃、もう一人、こちらも偶然同じ名前のJちゃんなんだけど、こちらは小学部2年のJちゃん。自分も授業があるし、さすがにひたすらついてはこないが、それでもわたいの姿を見かけたら、なぜかトコトコトコと寄ってきてたなぁ。別にわたい、何面白いことを言うわけでもないんだけど。

こないだの京都での児童誘拐未遂事件も起こるべくして起こった出来事なのか。http://d.hatena.ne.jp/tanich/20090707(ケータイからはhttp://d.hatena.ne.jp/tanich/mobile?date=20090707

話を戻すが、このFくん、今、NPO法人を立ち上げて活動しているという。福祉用具、主に自助具の開発にいそしむ。機能性、デザイン性に優れた衣服や、障害者が住みやすい家屋の改造などにも手を広げたいというビジョンも持っている。大したものだ。

介助するのに便利な道具が介助具で、介助を受けずに自分が使いやすいように工夫された物が自助具だ。グリップが握りやすく太いスプーンとかがそれだ。電動車椅子が自助具で、手押しの車椅子が介助具やね。

それぞれ持っている障害は一人一人違うので、それぞれのニーズに合わせてオーダーメードで仕上げるのが自助具の基本。手間暇かけた匠の技だ。

もちろん、こんな活動は一人ではできないので、多くの人材がFくんの周りに集まっている。Fくんの人徳でしょうなぁ。

人徳のなせる技で、おまけに結婚もして娘さんもいるというやない! おまけにおまけに、この嫁さんがけっこう可愛かったりする。何で知ってんねや? いや、7、8年前、テレビでFくんのこと、番組やってた・・・

ほな、何で地下鉄でこっちから気がつかへんねん! 7年前にFくんの顔見とんやないかいっ! 向こうは33年ぶりに顔見て、ほんで覚えとんねんぞ。

そんなもん、ちゃんと覚えとれるくらいやったら、こんなサビシイ生活してないわいっ! わてかて可愛い嫁さん欲しいわ! なんやねん、弱いもんいじめして! 泣くどっ!